アディダスの低迷
1990年にフランス人実業家のベルナール・タピ(Bernard Tapie)がアディダス(adidas)の株式の半分以上を取得し、事実上の経営者となります。
これによって、完全にダスラー家はアディダスから撤退しました。この頃、アディダスは売上が低迷しナイキ、リーボックに続く業界第3位にまで転落してしまいます。
ブランド復活
その3年後、フランス人実業家のロベール・ルイ・ドレフュス(Robert Louis-Dreyfus)が経営権を取得し、低迷していたブランドの再建を本格的に始めました。ロベールのもとで、アディダスは見事に黒字化し、復活を果たします。
その後、リーボックも傘下に入り、事業は次々と拡大していきました。1995年11月、アディダスがドイツフランクフルト証券取引所に上場します。
1997年、ウインタースポーツ用品のメーカーとして知られるサロモン(Salomon)の買収をします。これにより世界第2位のメーカー、アディダス−サロモングループとなりました。
展開を広げるブランド
1998年2月、アディダス・ジャパンを設立します。
2001年、ストリートスポーツウェアのブランド、アディダス オリジナルス(adidas Originals)を立ち上げました。
1972年~1996年までの間adidas社のロゴだった「三つ葉」のロゴをシンボルマークとしてアスリート用に開発された復刻商品や、現在のトレンドを反映した新作モデル、コラボレーション商品などの幅広い商品を展開します。
2003年、アディダス・スポーツ・パフォーマンスセンターの世界展開をスタートさせ、山本耀司とコラボレートしたブランド、Y-3を発表しました。
また、リーボック(Reebok)株を取得し、リーボックをグループに加えました。そして売上は約100億ドルを計上します。
同年10月には、フィンランドのスポーツメーカーであるアメアスポーツコーポレーションにサロモン部門を売却し、2006年にはポルシェデザインとパートナー提携をして、スポーツコレクションポルシェ デザイン スポーツ(PORSCHE DESIGN SPORT)を発表しました。
2008年、アディダスジャパン(株)と(株)リーボックジャパンが合併します。
また、ディーゼルとコラボレーションし、ディーゼルのクリエイティブチームとアディダスの新しい組織のチームがデザインを手掛けた、プレミアム・ジーンズのコレクションアディダス オリジナルス デニム バイ ディーゼル(Adidas Originals Denim by Diesel)というブランドを発表しました。
2009年にはアディダス シルバー(adidas SLVR)を発表します。日本でもスニーカーのカスタマイズシステムとしてマイ・オリジナルス(mi Originals)をスタートしました。
2010 年のワールドカップ南アフリカ大会では、出場32カ国中12カ国ものチームがアディダスのユニホームを着用し、多くのサッカーファンにも選手を通じてアディダスの魅力を伝えました。
また、スポーツ選手をサポートする吸水速乾性に優れた新技術ファブリックエックスを開発し、どんな状況下でもベストパフォーマンスできるように選手たちを支えました。
2017年、アディダスから新しいプロジェクト、トーキョー エディション(TOKYO EDITION)シリーズの始動が発表され、今なお進化し続けています。