創業者の幼少期
アメリカン・トラディショナルの代表的ブランド、ラルフローレン(Ralph Lauren)の創始者ラルフローレン(Ralph Lauren)は、1993年10月4日ニューヨークのブロンクスに誕生しました。
本名は、ラルフ・リフシッツ(Ralph Lifshitz)です。両親はユダヤ系の移民で、母親は主婦、父親は塗装会社に勤めていました。貧しさを強いられましたが、二人の兄と共に、助け合って苦しい生活を乗り越えていきます。
本名のリフシッツというファミリーネームに、英語で「クソ」を意味する「Shit」という文字が含まれています。そのため、幼少期には、常に周囲にからかわれました。いじめでつらい思いをした経験から、彼は16歳で苗字をローレンに改名します。
デザインへの興味
生涯を通して、服飾デザインの専門的な教育を受けることはありませんでしたが、この頃から洋服やネクタイのデザインに憧れを抱いていました。
彼はニューヨーク市立大学バルーク校へ進学し、2年間ビジネスを学びます。在学中から自分でデザインしたネクタイを製作し、安価で販売していたため、彼の名前は学校中で知られていました。卒業アルバムの顔写真の下には「億万長者になりたい」と当時の夢が描かれています。
学校卒業後1962年から1964年まで、彼はアメリカ陸軍に参加しました。1960年代と言えば、冷戦まっただ中です。ベトナム戦争も始まり、政治的に混乱していた時期に青年期を過ごしました。
退役後は、かねての希望アパレル業界へ転向します。営業マンとして、最初にブルックスブラザーズ(Brooks Brothers)で働きました。
ポロの誕生
1967年にはネクタイを製造・販売する会社ビュー・ブルメールのデザイナーになります。それを機に28歳で、自身のブランドのポロ(POLO)を発表しました。
贅沢な素材を用いたワイドな幅のネクタイを始めとしたメンズアイテムは世間の話題を呼びます。彼の評判が高まると、ビュー・ブルメールの他の社員から嫉妬の対象となってしまい、彼は思うように仕事ができなくなりました。
そこで、彼は自分の会社を遂に立ち上げます。これを機にラルフローレンは自身のファッション帝国を築き上げていくことになりました。
私生活
私生活では、受付嬢をしていたリッキー・アンネ・ロウビアーと1996年にニューヨークで結婚式を挙げました。現在に至るまで幸せな結婚生活を維持していて、アンドリュー、デイビッド、ディランという3人の息子の良き父親でもあります。
長男のデイビッドがポロで仕事をすることを選びました。彼は第43代アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュの姪と結婚しています。
「服をデザインしているのではない、私は夢をデザインしているのだ」というラルフローレンの言葉があります。正にその言葉の通り、彼はつらく貧しかった幼少時代から「億万長者になる」という夢を見事に叶えました。